日本の特徴的な「タテ社会」の社会構造が将来の日本の成長を考える上で制約となるのではとの見方も多いなかで、今後どう変化していくのか、変革していくのか、日本社会に突きつけられている重い課題について、本「エッセイ」で考えてみたいと思います。
「第二の開国」を行うタイミングにきています。
私が行っているプライベートな研究会で、2つのトピックスが大きな話題になりました。
1つ目のトピックスは、日本の名目GDPの順位転落です。
国際通貨基金(IMF)の2026年10月の世界経済見通しでは、2027年日本の名目GDP(ドル換算)は、2027年にインドと英国に抜かれ、世界4位から6位になるとの予測が公表されました。
バブルピークの1989年からは37年、成長が転換点に入った1995年からは31年が経過しています。かつてドルベースのGDP(名目)でいうと、1989年は約3.1兆ドルで世界第2 位、2024年は約4.0兆ドルで世界第4 位(中国、ドイツに抜かれている)で、世界シェアでみると、1989年は20%弱から2024年には4 %程度に落ち込んでいます。
話題になったのは、新興国インドの勢いはともかくとして、英国は大英帝国の凋落、英国病、ブレグジット(Brexit)が致命的などと騒がれたにも関わらず復活していること、これは凋落の方向にあるかもしれない日本も取り組み次第とも言えるかもしれません。
いずれにしても、日本の上位脱落が円安ドル高換算の影響も大きいにしても、想定以上に速いスピードが気になるところです。すでに、日本は経済力トップクラスの国家ではなく、相対的に豊かな国であるものの成熟国家としての停滞局面であることを前提にして考えていかなければならないステージに入っていると思います。
日本の社会構造を変えていく努力が大事です。
2つ目のトピックスは、横浜高校の織田翔希選手(野球)の挑戦です。日本プロ野球を経ずに、アメリカ大リーグにいきなり挑戦するということです。
10月15日の会見では、
「日本一になるんだという思いで横浜高校に来ました。次は世界で絶対に戦いたいという気持ちが芽生えてきました。」「やっぱり一番は自分の気持ちを、世界一でやりたい、世界一になりたいという思いがあったので決めました」「自信を持って覚悟を持ってアメリカの地で挑戦していきたいなと思います。」(Y!ニュース、10月15日11:19配信から)と述べ、世界に向けた挑戦を力強く語ってくれています。
若く有能なチャレンジャーが世界に向けて動き出していくこと、その決意、とても素晴らしいと思いました。今までは段階を踏んでから世界に挑戦することまではありましたが、普通に世界に挑戦するフィールドが確保されていること、日本の若者が世界に向けての「壁」を大きく意識しなくなっていることが素晴らしいです。
しかもこうしたことを変に肩に力が入っているわけではなく、自然体で進んでいくことは、日本の若者の変化も強く感じられるところです。日本の「タテ社会」を柔軟に超えていっているように見えます。
この2つのトピックスから感じられたことは、日本社会が大きな転換点にあり、それをどういう方向で加速化していくことが大事かということを考え取り組んでいくことかと思います。
こうした新たな風が日本の社会に吹いていることと、日本社会の構造がどこまで変わってきているかについて考えてみたいと思います。
歴史的な名著である中根千枝『タテ社会の人間関係』(講談社新書、1967年)があります。私の手元にも1975年の42刷りのものがありました。
当時大ベストセラーでありました。日本社会の人間関係について、欧米の個人主義・契約精神が根づいたものと大きく違い、「場」を強調し「ウチ」「ソト」の日本の社会構造について、さらには「タテ」組織による序列の発達、日本的集団の構造的な特色などについて、社会の学術的な視点で解明を試みたものです。
沢山の方々が手にとって読まれたことでしょう。私もその一人です。当時はまだ学生(高校生)でもあり、その実感は全くわかりませんでした。
社会人となりその後のキャリアを経るなかで、はじめてこうした構造の組み込まれ方が日本社会の大きな特徴と認識するようになったと思います。
いくつか引用してみます。「日本人が外に向かって(他人に対して)自分を社会的に位置づける場合、好んでするのは、資格よりも場を優先することである。記者であるとか、エンジニアであるということよりも、まずA社、S社の者ということである。」(32頁)「能力主義貫徹が、日本社会では、いかに困難なものであるかは、・・・会社のような組織体でなく、個人の能力で百パーセント活動できる作家や俳優のような職業に従事する人々のなかにまで、序列意識が根強くあることである。例えば、ある文学賞を授与されたある作家の言として、「受賞はうれしいが、先輩をさしおいて私のごときものが受賞するのは・・・・である。」」(80-81頁)などとあります。
今でも変わっていないと思われる見方が大変多く見られます。ちょうど50年前の新書において分析され記述されていることが今でも変わらず生きていて、いかに日本社会の構造を変えていくことの難しさが際立っているともいえます。
この中根氏の当時の結論は、「現在、世界で一つの国(すなわち「社会」)として、これほど強い単一性をもっている例は、ちょっとないのではないかと思われる。・・・この日本社会の「単一性」こそ、本書で展開した、人と人、人と集団、集団と集団、の関係設定のあり方を決定する場合に、重要な基盤となっているものである。」とあります。
もちろん本書から50年を超える時間が経過する中で、その後の最近の日本社会の構造は相応に変化していると思います。でも、変わらない社会構造も相応にあります。
そういう観点で「第二の開国」とは、「タテ社会」の「単一性」を超えていくことを世界の中で取り組むこと、このキーワードはダイバーシティ(多様性)であり、個を尊重するということ、こうした社会の仕組みにどれだけ切り替えることができるかにかかっているのではないでしょうか。
最近出版された瀬木比呂志氏『法律家が見た日本社会の病理 「空気」を打ち破る個と論理の構築へ』(KADOKAWA、2026年)などは、厳しくも冷静に日本社会の病理を解説しています。これを読むと中根氏の見方がより深刻になっているとも言えるのではと感じました。簡単には変われない構造的な日本社会の状況が見てとれます。
著者は「今後数十年間のうちに、日本の社会や経済が、そして日本というシステム全体が危機に瀕する可能性は、一定の確率でありうると考えている。」(同書4頁)という問題意識から、日本の現在の停滞の本質について分析し、脆弱な個人と、ムラ・タコツボとしての集団を対比し、社会、制度のあり方について考察を深めています。
中根氏の「単一性」が、50年を経て、瀬木氏の「空気の支配」で事実上、再現されているようにも見えます。
そういう意味で、この著者の見方に大いに賛同できることは多々あります。一方で各論については、私を含めて別の考え方を抱かれる方もいるのではとも思います。
著者が参考にした巻末の参考文献を拝見すると、その範囲の広さから著者の考察するにあたっての正面から捉えて取り組む姿勢は、体系的かつ現実事象をよく観察して考察を深めたいという姿勢が見てとれるところです。「現在の日本人にまず求められているのも、・・・この「世界の複雑さに耐える力」、そして、「それに耐えながら考え抜いてゆく力」ではないかと思う。」(422頁)と著者の率直な気持ちが記述されていると思います。
このような日本社会の構造的なシステムについて、現在の日本社会で、例えばダイバーシティが掲げられ推進されていること、ハラスメント防止に大きく舵をきっていること、人口減少社会の下で家族構成などが大きく変わっていること、年功序列や終身雇用体制などが見直されていることなどからも、日本社会の大きな変化は確実に感じられます。
しかしながら、変わらない社会構造も現に存在していることもあり、その社会構造にもう少し新しい風を吹かせていくこと、例えば、個を大事にして後押しすること、多様性をもっと社会に組み込むこと、社会の制度設計にさらに手を入れることなどはとても大事だと思います。
日本経済を豊かな成熟国家としてリデザインすべき今、価値観のダイバーシティを進めていくことは不可避です。それは個々人の生き方、家族など社会の枠組み、さらには経済成長に対する捉え方に多様性をもたらし、従来の単一的なGDP成長にとどまらない「新しい豊かさ」という評価尺度も考慮に入れていくことが求められます。
現在、世界が二極化や分断へと尖鋭化する中に、日本が目指すべきは、多様な「個」の生き方を認め合い、多角的な価値観を包含した安定的な成熟国家の姿を模索すること、この柔軟な社会構造の構築にこそ日本の確固たる未来があり、それこそが「第二の開国」なのではないでしょうか。
2026年10月18日記(京都は観光客がすごく増えてきました)
イノベーション・インテリジェンス研究所 代表取締役社長 幸田博人
