日本において頻発する地震などの自然災害について、文明の観点や日本のおかれている地理的な環境から考えること、寺田寅彦の視点を参考に考えたいと思います。
前々回のメルマガ47号で、最近日本全国で地震が頻発していることで、その不安への向き合い方の話をしました。
少し引用しますと
「ここ半年に起こった震度5以上の地震は、本当に沢山全国津々浦々で発生しています。今年に入っての大きめのもので、1月6日の島根県東部(最大震度5強)、4月1日の茨城県南部(最大震度5弱)、4月18日の長野県(最大震度5強)、4月20日の三陸沖(最大震度5強)、4月27日の十勝地方南部(最大震度5強)、6月25日の岩手県沖(最大震度6強)、6月26日の山梨県東部・富士五湖(最大震度6弱)などあります。
こんなにも相応の地震が頻発していること、また、地域が全国にまたがっていること、なぜでしょうか。不安になると思います。
こうした地震現象に、何か特徴的なことがあるのか関心を持ち、「学び」ともリンクさせていくことが大事です。・・・・・自分自身や家族などの未来への備えを考える視点を、さらに、社会レベルに広げて、日本の自然災害の大きさを所与のものとしながらも、何を未来つなげていくかは、是非個々人で考えていくべきことではないかと思います。」と記しました。
そして参考までに寺田寅彦の『天災と国防』(岩波新書:1938年)を引用しました。しかしながら、今回令和8年熊本地震という巨大な地震災害を目の当たりにすると被害の大きさにたじろいでしまい無力感に苛まれるところです。
こうした災害を社会の発展や成長の中で過去の歴史も振り返りつつ、どう捉えるべきか、科学や経済の成長の視点に重きを置きすぎていたのであないかなど考えるべきことは多いと思います。また、日本の地域社会のあり方とも密接に関係していることも大事な観点です。
47号の寺田寅彦の引用と被らない範囲で再度引用します。
「地震津波台風の如き西欧文明諸国の多くの国々にも全然ないとは云われない迄も、頻繁に我邦のやうに激甚な災禍を及ぼすことは甚だ稀であると云っても良い。
・・・数千年来の災禍の試練によって日本国民特有の色々な国民性の優れた諸相が作り上げられたことも事実である。併しここで一つ考へなければならないことで、しかしいつも忘れられ勝な重大な要項がある。
それは、文明が進めば進む程天然の暴威による災害がその劇烈の度を増すという事実である。・・・文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心が生じた。さうして、重力に逆らい、風壓水力(ふうあつすいりょく)に抗するやうな色々の造営物を作った。
さうして天晴れ自然の暴威を封じ込めたつもりになって居ると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のやうに、自然が暴れだして高樓を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危くし財産を亡ぼす。」(137-138頁、旧字は一部現代字に修正、下線筆者補記)とあります。
これは寺田寅彦が昭和9年(1934年)に執筆したもので、何と90年前の随想です。
当時の視点ですでに自然災害と文明論について考察していたことはすごいことです。そもそも人間社会と自然のあり方をどう考えるか、文明の進歩から得られているものは膨大なものがありますが、同時に文明に依拠しすぎないことが必要であること、警鐘が鳴らされていると思います。
利便性のために何かを犠牲にしていないか、自然と人工物の共存をしていくにはどう取り組んだ方が良いのかなど様々なことを考えさせられます。
文明と自然はどう共存すればよいか、文明が高度になればなるほど文明の脆弱性はより際立つことに気づくことはとても大事です。
寺田寅彦は夏目漱石を生涯の師としていました。夏目漱石と寺田寅彦は、1896年(明治29年)に熊本で英語教師の漱石(29歳)、第五高等学校学生の寅彦(18歳)で会ってから20年に及び親密な交流でした。
小山慶太著『寺田寅彦 漱石、レイリー卿と和魂洋才の物理学』(中公新書 2012年)によると、
「熊本時代、寅彦はすでに漱石の自宅に足繁く通っていた。・・・寅彦は三十代半ばで東京帝国大学助教授、一方の漱石はすでに大学を辞職して、専業作家になっていた。
それでも相変わらず。『猫』に描かれた寒月同様、寅彦は漱石のもとをよく訪れている。・・・漱石と寅彦とでは、属する世界が文科と理科で異なっている。
にもかかわらず、二人の交遊は熊本時代から漱石が亡くなる大正5年まで、およそ二十年にわたってとぎれることなくつづいた。要するにこの御両人、十一年の歳の差を超え非常に馬が合ったということに尽きるのであろうが、門下生が多士済々の漱石山脈の中で、寅彦が理系の人間であったという珍しさも、二人のつながりを考える上で見逃せないような気がする。」(12頁、17頁、18頁)とあります。
今回の熊本地震を10年前の熊本地震を寺田寅彦が知るとどういう気持ちになり何を発信したのか。
寺田寅彦の文明論は夏目漱石などの文人との交流からもたらされているところも多々あると感じた次第です。
自然と文明を語るときは、文系と理系の素養が両サイドの専門性が重要であることがうかがわれます。熊本地域の復興を願いつつ、文明と自然の共存はどうあるべきか、両者は時には敵対するのかについて、日本の様々な方の英知を集めて社会のあり方を考えてみるべきだと思います。
寺田寅彦が親交の深かった夏目漱石は皆さんもいくつか読んでいると思いますが、私もこどものころ、最初に読んだのが『坊っちゃん』で、大変明るく闊達な小説で面白く、次に『吾輩は猫である』を読んだところ、挫折したことを思い出しました。再チャレンジしてみようと思っています。
また、有名な地震学者の鎌田浩毅の『日本史を地学から読みなおす』(講談社現代新書;2025年)では、日本の巨大地震災害の話が9万年前の九州全域を焼き尽くした阿蘇山破局噴火の話からスタートしています。
この噴火は9万年前の噴火が4回目の巨大噴火で「阿蘇4噴火」にあたり、それが現在の「阿蘇カルデラ」になっているとのことです。歴史から地域を知ることが大事です。
私自身、東京から熊本に感じていることは、こうした巨大災害地域の思いとは日常的には必ずしも強くつながれていないと思いました。
九州地域が火山の集中的な地域であること、阿蘇、桜島、島原などを頭に浮べればそうなのですが、日々日常的に意識されることは少ないと思います。
熊本でこの10年で2回目の大きな地震被害となったことは、私自身大変びっくりしているところです。まずは地元皆さんの安全の確保、そして断水などの被害からのインフラ面での早期回復に向けた復旧、住宅などの一時的な手当てなど、とにかく復旧、復興を急ぐことです。
その上で、日本がこれだけの災害大国であることと共存していく知恵をどうしていくか、様々な社会の環境変化の大きさを乗り越えて取り組んでいくことがますます大事です。
この問題は個人や地域コミュニティーの問題に留まりません。先日、閣議決定された「骨太の方針2026」では、戦略17分野のひとつとして「防災・減災・国土強靭化」が位置づけられています。
大規模地震への備え、インフラの老朽化、防災予測技術、防災DXなどの開発導入を着実に実践できるかは、今後の日本の産業・経済を大きく左右する問題といえるでしょう。国土強靭化の予算を歳出というコスト感覚ではなく、日本のサステナビリティを高めるための重要な戦略投資に位置づける必要があります。
あらためて、犠牲となられた方々にお悔やみ申し上げるとともに、被害にあわれた皆様に心よりお見舞い申し上げます。まだ余震もおさまらない状況下で酷暑も続いています。まずは、地元皆様の安全確保を心よりお祈りいたします。
2026年8月1日記(暑い夏 まだまだです。無理せずお過ごしください)
イノベーション・インテリジェンス研究所 代表取締役社長 幸田博人
