皆さん、前回の9月のシルバー5連休がいつだったか覚えていらっしゃいますか?
答えは2015年で、今年のシルバー5連休は11年振りだそうです。今回は木曜日、金曜日を有給休暇にすると、何と9連休になります。
11年前の5連休、どう過ごされたか記憶にありますか。私はどういう時代だったか含めて思い出せませんでした。
AIに聞くと、2015年は国内旅行の予約数が前年の4倍になったこと、2015年3月に開業した北陸新幹線のブームで、福井県、石川県は観光で大きく盛り上がったこと、さらには9月19日早朝(5連休初日)、ラグビーワールドカップで、日本代表が強豪の南アフリカを逆転勝利し歴史的な偉業となり大騒ぎでした。
自然災害はシルバーウイークの直前の8月に箱根の大涌谷の噴火警戒レベルが上がったことや、記録的な大雨で茨城県の鬼怒川の堤防決壊など大きな被害がありました。このように様々な事象を列挙すると、11年前のことが少しずつ思い出される方もいるのではと思います。
このように今から11年前になると「10年一昔」の四字熟語、そうだなと思うところです。この四字熟語はとても定着しています。
広辞苑には「10年たてばもう昔である。10年を一区切りと見て、その間には大きな変化のあるものだということ。」(第四版)とあります。
実感としてこのように10年前のことは、このスピードの速い情報社会にとっては本当に昔話となっていて、記憶も薄れていることが大半でしょう。
最近では「10年一昔」ではなく、「一昔」は3年前とか5年前とか考える人も多いのではと思います。2022年のシチズン時計の意識調査、「四字熟語の“時感”-働くZ世代の“時感”意識」によると、Z世代は「5~6年」が「一昔」だそうです。
「5~6年」が「一昔」と考えると、丁度今から5~6年前がコロナ禍の真っ盛りでしたから、この「一昔」感の“時感”は昔の半分程度の5年という感覚が実は共通認識かもしれません。
この“時感”を単なるタイムフレームのような物理的な時間として捉えた場合、記憶に残る時間的な感覚としての「一昔」感覚となります。
日々の活動から派生する物理的な時間の過ごし方が、こうした記憶に残る時間感覚に大きな影響を与えていると思われます。
そういう観点では、物理的な時間感覚に支配されているところから離れてみることも必要かもしれません。
以前ご紹介したこともあり、私が毎年楽しみにしている書籍に『高校生と考える AI時代の学びの力』(桐光学園中学校・高等学校編著;左右社、2026年3月)と、毎年の訪問授業を書籍化しているものがあります。
今回は20人の有識者(三宅香帆、竹市雅俊、林香里、近内悠太、馬場あきこなど)が「世界を動かす「好き」の力」「視点を変える」「「わからない」は創造の源」「AI時代の学び」「多様性を守るには」「戦争がある世界で生きるということ」と、あらゆる分野、領域があり、こうした書籍を通じて、それらの多様性を受け止め昇華していくことまでは大変です。
でも少なくともそうした多面性のある価値観や考え方にふれることができるものです。
この書籍の中に、宗教学者(浄土真宗本願寺派如米寺住職)の釈徹宗「自分を知り、育てて、表現する」という講義があります。
この中に「時間のかかる作業は減っているのだから、空き時間が増えてもよさそうです。なのに、どう考えても、現代人は忙しそうにしていますよね。これは、物理的に流れている時間は有効に活用できても、心に流れる時間は萎縮してしまっているからです。」(同書38頁)とあり、「物理的な時間」と「心に流れる時間」を分ける考え方を紹介しています。
ドイツ出身の神学者、哲学者であるパウル・ティリッヒの考え方です。この「心に流れる時間」が萎縮しているとはどういうことか考えると、「心に流れる時間」とは自己の主体的な時間を意味しています。
釈氏は、だからこそ主体的な時間を活かして「自分の歯で噛む」という姿勢を提唱し、自分なりに咀嚼することの大切さを言っています。
この情報過多で、生成AI時代であるからこそこの「自分の歯で噛む」ことができるかどうかに取り組めるかが、今後の個々人の成長と大きく関わっていることを強く感じました。
若い方々だけではなく、シニアの方々も物理的な時間の余裕は、深夜、休みを問わず働いた過去の経験がある方こそ「自分の歯で噛む」ことに復帰されることが必要なのではないでしょうか。
だからこそ、このスピードの速い社会で物理的な時間ばかり気にされる方々にとって、AI時代の「学び」の原点であり、基礎力でもある「読解力」の向上を大事にするべきです。「10年一昔」で、昔のことは忘れてしまうということに依存しすぎずに、印象深い記憶を刻んでいくためにも「自分の歯で噛む」こと、そして基礎力である「読解力」こそを底上げするべきでしょう。
9月8日にOECD(経済協力開発機構)が世界の15歳児を対象に2025年に実施した「学習到達度調査(PISA)」を公表しています。
PISAは義務教育修了段階の15歳児を対象に、基本的には2000年から3年ごとに読解力、数学的リテラシー、科学コンピテンシーの3分野の調査として行われていて、読解力は4位(前回3位)、数学的リテラシー5位(前回5位)、科学コンピテンシー5位(前回2位)を維持しました。
読解力は2018年の調査の時に15位となり、大騒ぎとなったところからは回復しています。平均順位は高いものの、低得点層の拡大や文章の意図を正確に読み解けない層の増加を見るにつけ、まだまだ読解力の底上げが求められるところです。
世界での日本より上位の国は、中国、(北京・上海・江蘇・浙江)、シンガポール、台湾、マカオなどがトップクラスを占めていて、アジアの国が上位にいます。
専門家で、読解力について様々な取り組みをしている新井紀子氏(国立情報学研究所教授)は、「18年の調査以降、OECD加盟国の読解力は低下傾向をたどっている。日本は相対的に高い水準を維持しているが、今回のスコアは前回から有意に低下した。特に習熟度別で低得点層が増えたことには警戒が必要だ。」(日本経済新聞9月9日27面)とコメントしており、また福岡教育大の川口俊明准教授からは、
「国際的に最高の水準を維持していると評価すべき。・・・ただ、気になる点もある。日本の平均得点に着目すると、読解力が516点から503点へと統計的に有意に下がっており、」(朝日新聞9月9日20面)などあります。
「読解力」とは、一般的には文書を読んでその内容を理解する能力を言い、もともとの「リテラシー」の狭義の意味が読解記述力だとして、「物事を正確に理解し活用できること」として対処していける能力と考えれば、「読解力」は基礎中の基礎として不可欠であることは言うまでもないところです。
私たちは、どういう時代に生きているかを考えておくことが大事です。
心の時間を回復させることに、個々人の消費行動の変化から考えてみましょう。久我尚子『選ばない消費 AI時代の暮らしと価値観』(集英社新書、2026年)を参考にします。
本新書は久我氏が最近感じている若い世代から全世代に広がりつつある「選ばない消費」について分析した大変興味深いものです。「選ばない」ことの良さは何か、多面的な魅力を解説したうえで、若者世代がどういう意識で「選ばない消費」行動をしているのか、そして「選ばない消費」は、賢い選択なのかを考察しています。
なぜ、本「エッセイ」の最後にこの新書を取り上げるのか、これは前述した物理的な時間の効率化を考える上で良き題材と思われるからです。
「選ばない消費」は物理的な時間の選択コストを削減するための手段です。AI時代だからこそ「選ばない消費」を、個々人が積極的に進めていくための大前提は「自分の歯で噛む」こと、そして「読解力」を高めることではないでしょうか。
バランスよく「選ばない消費」を行いながら「物理的な時間」の余裕を生み出し、それを別の「物理的な時間」に組み込まれずに「心に流れる時間」に想いをはせることが必要だと思います。
そうした個々人の「時間」との付き合い方に、この生成AI時代により良い生き方を探り、個々人がより成長していくためのヒントがあるような気がします。
個々人として時々立ち止まって「時間」について考え、「物理的な時間」に従い過ぎずに、AI時代だからこその「心に流れる時間」を広げてみてください。
2026年9月20日記(シルバー連休 嬉しいところです。)
イノベーション・インテリジェンス研究所 代表 幸田博人
