紙の本、紙の雑誌は、空間的なオブジェクトとして「記憶」に残る意義を、本「エッセイ」で考えてみたいと思います。
記憶のインフラとしての意義は紙にあるという見方です。
3大週刊経済誌の一つである「週刊 ダイヤモンド」が、2027年3月29日発売の4月3日号をもって紙版の発行を終了することを公表しました。
1913年にスタートした老舗の週刊経済誌が紙版をやめることは、紙版の販売がいかに難しくなったとはいえかなり衝撃的でした。ここまで紙版は売れないのか、書店の雑誌コーナーは縮小の一途かなとか、色々な思いがよぎります。
『週刊ダイヤモンド』(2026.10/10・17合併号)の「定期購読の皆さまへのお知らせ」によると、
「『Diamond WEEKLY』(週刊ダイヤモンド)は、2027年4月より、紙の雑誌から「完全デジタル雑誌」へと進化します。」とあり、
「時代の変化を先取りした高付加価値なデジタルメディアとして、より迅速に、より深く、質の高い情報を皆さまにお届けしてまいります。デジタルだからこそ可能になる表現力とスピード感を武器に、より一層信頼されるメディアに進化してまいります。」とあります。
皆さん、時代の流れがこの老舗の経済誌の紙版継続を難しくしたことは当然と思いながらも、釈然としない思いもあるのではないでしょうか。
私は114年続いてきた紙版がなくなること、残念でなりません。
もちろん「ダイヤモンドプレミアム」会員になれば、最新号を読め10年分以上のバックナンバーも読めるという利便性も高いことは、デジタル会員のメリットでしょう。
「ダイヤモンドプレミアム」会員で月額1,980円は従来の雑誌購読より割安感があるかもしれません。
しかしながら「学び」を考える立場からは、必ずしも肯定的には受け止められないと思います。紙版でみる「目次」でまず全体のコンセプトを把握することの意味合い、そしてページを繰りながら面白い記事を斜め読みしていくこと、直接的な関係がない記事でもその連関性がつながることがあるなど、この時代のテーマを雑誌からストレートにビジュアルに受け取れると思います。
紙の雑誌だからこそ、空間的なイメージで「記憶」に残るという部分が大きいと思われます。デジタル版でも新聞のデジタル「紙面ビューアー」が定着したように、何ら紙の新聞と「紙面ビューアー」に落差はない面も確かにあるのではと思われます。
こうしたことも考えていくと、時代のデジタル化の流れについて唯唯諾諾と許容せざるをえないとせずに、私はやはり紙版の方に「記憶」との連関性で意義を見出せるのではと思います。
東京大学大学院総合文化研究科の酒井邦嘉教授の研究チームが、2026年6月に「紙のマンガの読書効果を脳科学で実証―デジタル書籍より左脳と右脳の活動が省エネ化―」を発表しています。
ポイントは次のようにまとめられています。
①心情理解を要するマンガを紙の本と電子書籍で読んだ後に脳活動を調べたところ、前者の方が読書時と問題回答時の両方で、脳活動の省エネ化をもたらす
②短時間の読書であっても、その後の知的な機能を支える脳活動に大きな影響を与えることが明らかとなり
③社会的に文書の電子化が進み、デジタル教科書の導入が検討される中で、電子書籍を上回る紙の本の有効性が脳科学によって明らかとなった意義は大きい、とまとめています。
マンガはビジュアルなのでよりそうした違いがクリアに見てとれる部分があるのではと思いますが、『週刊ダイヤモンド』のような雑誌であっても、写真や、図解など、大変ビジュアル化は進んでいるので、同様の脳活動の効果の違いが見てとれそうに思われます。
また東大研究チームの発表文の中で世界の先行研究との比較検討もなされていて、そうしたことも含めて考察した場合に、紙の方がより効果が高い(成績が良い)との研究が多くあり、その由来するところは、「紙の文書に比べ、デジタル文書は画面上の位置が不定で瞬時に切り替わってしまうため、視覚的にも触覚的にも空間的な手がかりに欠け、記憶に残りにくい」との背景説明をしています。
この研究のユニークさは、マンガが空間的な内容が豊富であることからより鮮明に効果測定ができるのではと考えたとのことですが、マンガはまさに電子書籍化が一番進んでいるところで、マンガにおいて紙版の有効性を表舞台に上げた意義はとても大きいものと思います。
キーワードは「脳に残る「記憶」」ではないでしょうか。個々人の脳の記憶によりとどめることができるかどうかが、人の「学び」や人が生み出す能力などと大きく関係していると思われます。
日々の忙しさが脳の記憶に刻むことを少なくしてしまう、より印象的な事象として受け止めることができれば、何らかの形で記憶に残る、これが空間的な手がかりの重要性であると思われます。
書籍の「オブジェクト」の意味を語っている方が、有名な書誌学者の林望氏(代表的なエッセイで『イギリスはおいしい』などあります)の『書物を楽しむ あえて今、紙の本を読む理由』(朝日新書、2026年)です。
この中に、電子書籍の7つの大罪という記載があります。
大罪1「手触りやデザインが楽しめない」
大罪2「電子本は読んだ気がしない」
大罪3「電源が切れたらおしまい」
大罪4「本の姿が直に見えない」
大罪5「“育てる”ことができない」
大罪6「データが突然消えてしまう」
大罪7「無駄にアップデートしていく」
とあり、特に「電子本は読んだ気がしない」、「本の姿が直に見えない」などは大いに共感できるところです。
もちろんすべてがアグリーではないところでもありますが、電子書籍一辺倒の時代に入るのはいかがなものかと思うところです。
林望氏は紙の書物に対する愛着度が並々ならぬ方なので、究極的な愛書家であり、ここまでの水準にはなりえないにしても、その考え方は参考になるところ大いにあります。
紙の記憶効果との関係で今後重要なテーマは、デジタル教科書についてです。
林望氏は、デジタル教科書について、「タブレット1枚だけを持って行くのは、もう何もかもスマホでやるのと一緒で、便利であるが味気ない。オブジェクトとしての教科書がないのは、それとともに暮し、それを使って学んだという「実感」が圧倒的に希薄になってしまう、そういうものです。」(同書47頁)と語っています。
やや郷愁色が強いところもありますが、「オブジェクトとしての教科書」が重要だというのは大変共感できるところです。
触感としての教科書、視覚でみる教科書などの意味や意義は高い気はします。
これから本格的にデジタル教科書の導入がスタートしますが、この教育効果がどう発揮されていくかが大変興味深いところですし、アカデミズムでの論争なども世界的に活発化するでしょうから、そのあたりはより注視していくことが必要だと思います。
このデジタル教科書についてはAIデジタルをどう使っていくかが大きな論点となります。
前回の本エッセイでも紹介したOECD(経済協力開発機構)が世界の15歳児を対象に、2025年に実施した「学習到達度調査(PISA)」を公表(2026年9月8日)の中で、文部科学省はこの調査結果を踏まえた施策として、AI関連については
「AIなどの情報技術が社会・経済の基盤となる一方、偽・誤情報の拡散が人々の価値観の偏りを生じさせるなど、民主主義社会の分断を招きかねない課題も顕在化している中、こうした負の側面に適切に対処し、情報技術の恩恵を最大限に生かすためには、全ての子供たちに情報活用能力をバランスよく確実に育成することが不可欠」
と位置づけています。日本でのこれからの対応が注目されるところですが、デジタル教科書の先進国である韓国、シンガポールなどは更にAI教科書を加速化させていますし、一方でスウェーデンやフィンランドでは、「紙の教科書」に回帰する政策が行われはじめています。世界で様々なことを試行錯誤で進めていること興味深いところです。
皆さん個々人として、時々立ち止まって紙の書籍や紙の雑誌の有用性に想いをはせていただき、そこで「記憶」に刻む意味や意義を考えてもらうと良いかと思います。
AI時代だからこその「記憶」についてどう刻むかが必要な時代に入っています。
「記憶」のインフラとしての価値が紙版にあることは、とても大事だと思います。
2026年10月4日記(少し秋らしい日々です)
イノベーション・インテリジェンス研究所 代表 幸田博人
