| 生成AI時代、個々人のスキルの陳腐化を避けるのはどうすべきか、付加価値を付けられる働き方はなど沢山の悩みが聞こえてきます。生成AI時代は「学び」に大きなインパクトを与えています。人の「学び」を通じた成長が変質する可能性に目を向けていくことが必要で、生成AI時代は「学び」自体をショートカットの「学び」にするリスクがあります。 AIは「学び」のサポートの面を超えて、本来、人としての「学び」の機会を奪っているのではないかという「問い」を考えていかなければなりません。大学の教育現場で講義をしていると、学生にとって生成AIを利用した予習や復習、レポート作成のサポートなどは当たり前になっていて、「学び」に大きな影響が出ていると思います。 文部科学省では、「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン(Ver.2.0)」(2024年12月)を公表し、 ①学校現場における人間中心の生成AI利活用、②生成AIの存在を踏まえた情報活用能力の育成強化を基本的な考え方としています。初等中等教育段階における生成AIを前提とした教育現場での対応は始まったばかりで、こうした取り組みが生徒にどういう影響を与えていくかは、これから様々な知見が出てくるでしょう。 そうした初等中等教育から、高等教育、さらには社会人における「学び」までを連続的に捉えて取り組んでいくことが重要です。 大学などの高等教育の現場では、事実上学生の自己判断に生成AI利活用が任されています。これをもう少し踏み込んで、学生と生成AI利活用を前提とした「学び」のプロセスが必要と思われます。 教育現場では今までの教育から生成AIを組み込んだ「学び」への方向転換を視野に入れていくことが必要な時代です。一方で、社会の現場や企業の現場では、すでに大きなインパクトが生じていて、議事録作成は当たり前に生成AIで、資料作りのベースや市場調査や競合比較なども生成AIで対応されています。昔企業に入ると、取引先や官庁などと面談したときは「面談記録」などを手書き(その後ワープロ)で作成し、それを上司が赤ペンで修正し何度も往復するなどの光景はもはや存在しません。これは大いに結構ということではありますが、当時を思い出すとその往復の作業で、何かが身についていたものと思います。 わかりやすくポイントを整理するスキル、体系的に整合的に要旨を構成するスキル、大事な論点を提示するスキル、そうしたことを通じてなぜそうした論点が重要なのかについての背景理解が進むことなどそうした往復作業に大きな蓄積や意味がありました。こうしたスキルは生成AIとのプロンプトのスキルで培われるところもありますが、表面的なスキルしか身につかない恐れも十分あると思います。 企業にとっては若い方や新人の教育について、人材育成のベースが十分には確保できない事態も想定されます。そうした生成AIを前提とした一般的な知見以上のスキルを社内人材でどう構成できるかはまだ模索中と思われます。歴史を振り返ってみると、生成AIに限らずIT化やインターネット時代に突入した際にも同様のことが生じていました。 例えば職種でみていくと、「消えた職業」などがマクロ的には一つの視点となります。 よく利用される国勢調査での職業分類の変遷を見てみることで、そうした「消えた職業」、「誕生した職業」などを見ることができます。この職業分類は、総務省の「日本標準職業分類」をベースにしていますが、そうしたことを研究した論文(「国勢調査からみる「平成になくなった・誕生した職業」!影響を与えた時代の変化とは?」(2024年 中島ゆき氏(大正大学)、マイナビCAREER RESEARCHより)などを参考に見てみます。「平成になくなった職業」は、速記者、ワードプロセッサー、タイピスト、預貯金集金人、保険料集金人、場立人、才取人、書生、留守番などです。これらはIT化や機械化に伴うものと理解できます。 「平成に誕生した職業」は、情報ストラテジスト、システムコンサルタント、ビジネスストラテジスト、ITサービスマネージャ、サーバー管理者、心理カウンセラー、金融ストラテジスト、リサイクルショップ店員、ハウスクリーニング、ネイリストなどです。誕生した職業はITとの関連性が高く、またストラテジストのようなプロフェッショナル職業も増えている面があります。こうした国勢調査の職業分類の変遷、30年近くのタイムフレームから見えてきたことは、テクノロジー進展やIT化の影響は大きいものの生産性向上や効率化に向けて徐々に移行した印象も強いところです。「消えた職業」「誕生した職業」について表層的に見ることだけでは限界もあり、もちろん就業者構造自体の変遷をよく分析していく必要があるでしょう。今回の生成AI時代がもたらすインパクトとして、こうした「消えゆく職業」が劇的に増えていくことも想定されます。 以前2015年に、野村総合研究所(NRI)と英オックスフォード大学のマイケル A. オズボーン准教授、カール・ベネディクト・フレイ博士との共同研究で、601種の職業について、AIやロボット等で10~20年後に代替される確率を試算したところ日本の労働人口の約49%が就いている職業において、代替することが可能との試算が公表されています。その際、AIやロボット等による代替可能性が低い100種の職業についてリストが掲載されています。 例えば、アートディレクター、アナウンサー、エコノミスト、観光バスガイド、外科医、シナリオライター、テレビカメラマン、内科医、ネイル・アーティスト、フラワーデザイナー、保育士、マンガ家、ミュージシャンなどがピックアップされています。今から10年前の研究としてみたときに、当時、説得性が極めて高い研究として評価されていたものでしょうし、それは人間の感情や新鮮な発想に裏付けられたある種の付加価値がある仕事としての位置づけのあるものが多いことも見てとれます。 しかしながら生成AIがリリースされた以降、こうした職種に代替可能性が襲ってきていることは十二分に感じられるところです。 どの職種も生成AIが一定レベル以上でカバーしていて、もはや生成AIにとって代わられるのは時間の問題という印象です。最近ではプログラミングなどのITの開発や設計に係るコーディングなどの業務分野も生成AIでカバーされつつある時代、人の果たすべき役割が残っているのか、疑問が広がっています。いずれにしてもNRIとオックスフォード大学の共同研究から10年を経るなかで、「消える職業」は目白押しで、「誕生する職業」は限定的という世の中が身近にきている印象です。 こうしたことを念頭におくと「リカレント教育」「リスキリング」などの概念に基づく、社会や企業や学校などの取り組みがますます重要になってくるでしょう。生成AI時代に教育が何を目指すか、いよいよ教育のあり方そのものが問われる時代に入ってきたともいえるでしょう。参考になる新書を1冊紹介します。 白井俊『世界の教育はどこへ向かうか 能力・探究・ウェルビーイング』(中公新書・2025年)です。文部科学省の行政官として、OECDやユネスコなどの議論を踏まえながら諸外国の教育事情を見ていき、日本の教育が目指す方向性について考える新書です。 特に「主体性」とはどういうことなのか、「能力」とは何か、「認知能力」と「非認知能力」について考え、さらに「探求」についてはどういうことなのか、また本質的な思考力を磨くことこそ大事ではという問題提起もされています。私として同意できるところもある一方で方向感が違うと感じるところもあります。 また生成AI時代の教育の視点が十分に入っていないと感じるところもあります。最後に本「エッセイ」のタイトルの「生成AI時代は「学び」を奪わないか」の問いに、私自身、まだ答えを示していません。生成AI時代は人が「学び」をショートカットの「学び」にしてしまうことが懸念されます。 ショートカットの「学び」では本来、人がもっている「学び」の原点、例えば「好奇心」や「探究求心」のワクワク感としての「学び」を限定的にしてしまうなどの心配もあります。 生成AI時代の「学び」の意味と手法を確立することが求められ、表面的な「リスキリング」ではなく、「学び」の深さは、時間で広げていくことを、生成AIを利活用しながらどう進めていけるかが問われています。皆さんからも本エッセイ含めてご意見をお寄せください。 (2026年5月24日記(緑がとてもきれいな季節です)イノベーション・インテリジェンス研究所 代表 幸田博人) |
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